たつのの由来 該当地:辰野町
『伊那の古城』篠田徳登より 昭和39〜44年執筆
辰野は辰市(たつしょ)か
昔の記録をみると、辰野は辰市と記されている。小野、川島から流れて来る横川と小横川川の合流点、城山(竜ヶ崎城)の裾池上寺(ちしょうじ)のある所をタツショといい、ここを辰所と字を当ててみた。
辰野駅のプラットホームから北の大城山をみていると、山裾に小高く平らになって小公園をなしている所がある。日当りのいいタツショと同じ地形だ。諏訪から吹いてくる風、小野から吹く北風、唐箕(とうみ)の口から吹く風は肌に凍みる。駅に立っている人は、その寒さに思わず小言を云う。”寒い寒い”と。しかしこのタツショ地形の大城山の麓の村には、芭蕉の実の成る所がある。寒さで悪く言われる辰野のために。一言弁護しておく。[p27/28]
管理人考
「たつの」という名の由来は謎だが、吾妻鏡に「辰市」「平野」があり、これが現在のたつのという名称の古い記録になる。
大和国に「辰市庄」があり、これは現在の奈良県奈良市西九条町だが、ここに辰市明神がある。しかし、たつののタツショとタツイチでは読みが違うし、タテミナカタの諏訪圏でタケミカヅチを祭る神社と関係があったとは少し考えにくい。
単純に字面を呼んで辰の日に市が立っていたとも考えられるが、やはりタツショとタツイチの読みで引っかかる。
「辰の湖」でも紹介した、以前は辰野市街地のかなりの範囲が湖で、その湖が涸れたときに龍が天に登っていったという伝承があるが、ゆかりがあるのか?天に龍が登り、かつてその湖から流れ出ていた川が「天竜川」・・・・と思うとなかなか壮大だが、天竜の名が先にあった上での付加された伝承かもしれない。
またはよくある、「たて」=崖や切り立った断崖 という地形名称かもしれない。舘=たてと呼んで城館があった場所とする場合もあるが、どちらかというと地形から発生する名称の方が時代が古い気がする。竜ヶ崎の池上寺あたりが崖かどうか、と見てみると、龍ケ崎城はかなり切り立った鋭く細長い峯の山なので、「たて」=崖と表現する範囲に入るのかもしれない。
と言いつつ、「たて」でなく「たつ」だし、そのあとの「ショ」がわからない。そこだけいきなり「所」をショと読むのはどうか・・・・と思う。
関連項目:辰の湖