『高白斎記』天文11年 [1542]
「辰野町資料 第113号 三浦孝美」より
同(天文)十一 [1542] 壬寅 年(中略)九月(中略)
二十八日 乙亥 [1542.9/28] 、蓑輪次郎(=藤沢頼親)出仕。
※管理人注:諏訪の領有に関して高遠頼継と武田晴信が争い、武田が上伊那に侵入して来た時の話。
福与城を囲まれた藤沢頼親は、ここで一度 武田に降伏し、甲府へ出仕している。その時の記事か。
藤沢頼親はその後、武田に離反する。
二十九日 丙子 [1542.9/29] 、信形(板垣)上伊那口へ動く。
十月大朔日 丁丑 [1542.10/1] 、高白の陣所、上伊那山寺、
七日 癸未 [1542.10/7] 諏訪西方衆、御室鈴を鳴らす。奉行高白。