兵庫頭 大出に築城し熊野と白山を勧請
建保二年 坂西淡路守 嫡子 長門守 次男 兵庫頭 父武功ゟヲ依て 伊那郡領地を賜り 次男兵庫頭に分地 則 大出ニ居住ヲかまへ 箕輪を所領ス
父 周家 熊野権現之利生ニ依て武功有 依之 大出之城大手之脇ニ熊野権現勧請有 并 飯田白山大権現を奉移シ 則 白山権現ハ山手勧請ス
依之 飯田より真言ノ行者ヲ被召寄 伊殿井伯耆と申 別当職なり 為社家料ト地方ニ而被付置
管理人訳:
1214年(建保2年)、坂西淡路守の嫡子「長門守」(ながとのかみ)の次男「兵庫頭」(ひょうごのかみ)である。先祖の武功により「伊那郡」を領地として賜り、次男の兵庫頭に「伊那郡」を分地した。兵庫頭は「大出」に拠点を構え、箕輪を所領した。
先祖である周家が「熊野権現」のご利益によって武功を上げたので、兵庫頭も大出城の大手(入り口)の脇に「熊野権現」を勧請した。
また、飯田の「白山大権現」も移した。「白山権現」は山の麓に勧請した。
このため、飯田から真言宗の行者(ぎょうじゃ=修験道の修行をする人)を呼び寄せた。「伊殿井伯耆」と言う。別当職である。(別当=寺や神社を統括して管理する役職)その為、社家料として周辺の土地を付けられた。
※赤字は管理人が加えた注釈や西暦など